引っ越しが多かったせいか、幼なじみというのがいないが、幼稚園のころに住んでいた平和島のときの大家さんの娘さん由美子と、隣の太郎は大人になってからも数回会ったことがある。
まず、太郎。
彼は小学生〜中学校と成績は学校で一番だった。
スポーツでも空手で全国上位に入るほどの秀才。
その後も成績は良く、三菱重工に入社したからエリートだった。
彼の家は、父親がタクシー運転手なのに、酒好きで基本働いてない感じだった。
母親はすごく教育ママで、とにかく厳しい家庭だった。
それに引き換え、自分は幼稚園年少組にして、幼稚園児5名の子分を連れて脱走事件を起こす。近所を巻き込む大騒ぎになってしまい、えらく怒られたらしいが、太郎のオヤジには褒められた。w
でも太郎は、その後、宗教の道へ・・・集団結婚するあの教団。
会社も辞め、本格的に宗教の道へ・・・。自分の親の財産を全て教団に提供してしまい、一家離散・・・。
一度、自分のところにも連絡が来たが、どうやら世界を救いたいらしかった。
立派になりすぎてしまった太郎には「じゃ、がんばれよ」と、それっきりになった。
そして、由美子。
コイツは、元々が不幸で、生まれてすぐに両親が蒸発。
母方の祖母が平和島でアパート経営をしていたので、そこの娘になっていた。
そのアパートは、真ん中に井戸がある中庭を各家庭の居間が囲んでいたので、夕食時は各家庭が丸見えどころか、ほとんど同じ家に住んでいるような変わったアパートだった。この家は、ウチが引っ越した後、詐欺に遭い、家も土地も全て失ってしまって、小さなアパートの一室で大家さんだった、おばあさんは亡くなったという話を後に聞いた。
娘の由美子は、5つほど年上で、お金持ち大家さんのお嬢さんって感じだった。
由美子は、10数年前にウチの親に頼まれて、引っ越しを手伝いに行った。再会するのは10数年ぶり。子供のとき以来。
彼女には、二人の子供がいた。一人は中学生? くらい。もう一人は幼稚園くらい。この姉妹は父親が違う人で、その二人とも離婚していて、シングルマザーだったが、一番驚いたのは、二人とも義務教育を受けていないこと! つまり、3人で放浪暮らしのような生活をしていて学校に行っていなかった。だから、上の子供は結構大きいのに、ちょっと言動がおかしかった。雰囲気としては由美子の子分って感じ。下の子は、すぐにフラフラと消えてしまう危ない子供だった。
で、「父親とは連絡取れてんの?」と聞いたら「二人とも死んでるし」!!! 一人目の旦那は病死。二人目は自殺。二人目の旦那さんは、朝起きたら玄関でぶら下がっていたという・・・。あれ、今思うと、どうなんだろう・・・。
しかも、その後、どうやって暮らして来たのかというと、全国を転々としていて、その都度、男にたかって暮らしているような事を自慢していたので、亡くなった二人の旦那って、どうなんだろう・・・と思ってしまう。いろんな事件を見るにつけ思い出す。
あまりにも重すぎる話を聞いてしまったもんで「まぁ・・・子供は学校行かせたほうがいいよ」とだけ言って別れた。その翌日あたりから、毎日電話が来た。しかも、なんだかエロい雰囲気を醸し出す。そもそも由美子は幼なじみだし、ちょっとコエ〜なーと思ったのでシカト。そしたら、弟のほうに行っていて、弟は断れないタイプなので、ずいぶんスキーに行ったりしていたが、費用は全て弟が持っていたらしい。子供の分まで。やっぱ、そうかと思った。
由美子があまりにも、あんまりメチャクチャなので、ウチの親が保証人になってアパートを借りてやった。
そこに住む事3ヶ月。由美子一家3人は飼っていた巨大なレトリバーだけ残して蒸発。もう10数年前の話。今は、どこで何しているのかわからないが、一度、ウチの親に電話があって「私、都心以外には住めない」とのことで終了・・・。
今、由美子は、45歳くらいなはず。
45歳くらいで歳に似合わず、若作りで派手なファッションで、超地味で子分のような娘を連れている口の上手い女がいたら要注意。
宗教で世界を救いたいとマジで語る太郎という男にも要注意。
その二人、オレの唯一の幼なじみなんで・・・。orz(苦笑)
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11/06/2009
松井とマチュイ
日本での松井。すごかった。
星稜高校での甲子園の時の「全打席敬遠」
あんとき「コイツの福耳すげ〜」と思った。
それが巨人軍に入団して、日本の松井になった。
そして、彼はNYに行き、名門ヤンキースに入団。
日本の松井から世界のマチュイにヴァージョンアップした。
そして目標だった世界一になり、しかも自分のバットでそれを引き寄せたところがすごすぎる。
正直、イチローは好きになれないところがある。確かにすごい選手なんだが、スキがないというか、なぜマリナーズなのか?とか、いろんな事が気になるんだが、松井は松井〜マチュイ時代に通じて王道しか行かないバカさが良い。世界の頂点の頂点を目標としてシンプルに愚直に野球力のみで達成してしまっているところに感動する。
しかも、松井は松井時代からマチュイになっても下ネタ大王であるところも最高だ。あんなに爽やかな笑顔なのに、実は下ネタ大魔神としても有名なマチュイ。そんなゴジラが好きだ。
マッチューーーイイ〜〜〜〜〜〜!
今日もNYに響く、ふくよかな白い声援がたまらない。
マチュイおめでとう!
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星稜高校での甲子園の時の「全打席敬遠」
あんとき「コイツの福耳すげ〜」と思った。
それが巨人軍に入団して、日本の松井になった。
そして、彼はNYに行き、名門ヤンキースに入団。
日本の松井から世界のマチュイにヴァージョンアップした。
そして目標だった世界一になり、しかも自分のバットでそれを引き寄せたところがすごすぎる。
正直、イチローは好きになれないところがある。確かにすごい選手なんだが、スキがないというか、なぜマリナーズなのか?とか、いろんな事が気になるんだが、松井は松井〜マチュイ時代に通じて王道しか行かないバカさが良い。世界の頂点の頂点を目標としてシンプルに愚直に野球力のみで達成してしまっているところに感動する。
しかも、松井は松井時代からマチュイになっても下ネタ大王であるところも最高だ。あんなに爽やかな笑顔なのに、実は下ネタ大魔神としても有名なマチュイ。そんなゴジラが好きだ。
マッチューーーイイ〜〜〜〜〜〜!
今日もNYに響く、ふくよかな白い声援がたまらない。
マチュイおめでとう!
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11/04/2009
11/03/2009
次は上野BlueSwing
次回は今週木曜日の上野BlueSwing。
お時間は20:00〜
現在、無職のジーザスネ申が「無職で暇だからよ!早く行くぞ!ガハハハ」と昨日HotShotで言っていた。
いつもホストより早いんだが・・・(^.^;
ロッキーはグアム帰りで社長出勤の予定。出世が早い。
ーーー
今、なんとなしに、MACのiCALにスケジュールを入力してみた。iPODと同期するから便利かな〜と思って。
この手のデジタルスケジュール管理ツールは今まで何度もトライしているが、結局は紙の手帳に戻ってしまっているから、今回もダメだとは思う。やはり紙というのは、一覧性が高いし、記帳性も良い。ただし連動性はない。
しかし、一つものすごく便利になったことがある。
ウチでは、毎月のブルースセッションを一覧の紙メディアにまとめた、セッションカレンダーを制作しているが、ここのところ掲載店が増えて、20軒以上になってきていて、毎月の日程管理が大変になってきていた。そこでiCAL。こういうものはデジタルが向いていると思い、いじってみる。毎月第一木曜とか、3と4週目だけとか、店によってサイクルは色々。これを1ヶ月分入力し、あとは「繰り返し設定」
お!!
これはバッチリ! 来月から楽になるな〜。
ーーー
お時間は20:00〜
現在、無職のジーザスネ申が「無職で暇だからよ!早く行くぞ!ガハハハ」と昨日HotShotで言っていた。
いつもホストより早いんだが・・・(^.^;
ロッキーはグアム帰りで社長出勤の予定。出世が早い。
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今、なんとなしに、MACのiCALにスケジュールを入力してみた。iPODと同期するから便利かな〜と思って。
この手のデジタルスケジュール管理ツールは今まで何度もトライしているが、結局は紙の手帳に戻ってしまっているから、今回もダメだとは思う。やはり紙というのは、一覧性が高いし、記帳性も良い。ただし連動性はない。
しかし、一つものすごく便利になったことがある。
ウチでは、毎月のブルースセッションを一覧の紙メディアにまとめた、セッションカレンダーを制作しているが、ここのところ掲載店が増えて、20軒以上になってきていて、毎月の日程管理が大変になってきていた。そこでiCAL。こういうものはデジタルが向いていると思い、いじってみる。毎月第一木曜とか、3と4週目だけとか、店によってサイクルは色々。これを1ヶ月分入力し、あとは「繰り返し設定」
お!!
これはバッチリ! 来月から楽になるな〜。
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11/01/2009
偶然発見
今、自宅で仕事していて、イラストレーターの ⌘; でガイドラインの出し消しができることを偶然発見。今まで使ってなかったことを恥ずかしく思うくらい便利。w
どうも、ガイドラインが見えてるとデザインがわからないタチなので、これはありがたい。
OS9時代はResEDITでソースコードに好きなショートカット当ててたんだよな。考えてみたら結構乱暴なことしてた。FINDERとか開いてメモリ割当増やしたり。w
しかし、OSXで唯一ものすごく不満な点が一つある。
それは、日本語〜英語 の切替がトロいこと。
これ、みんな不満じゃないのかな〜〜? 全然改善されないとこ見ると。
切り替わってると思って英文打つと、まだ日本語入力のままだったりするので、結構イラッとする。
これ、自分だけかと思って、いつも助けてもらっているSEさんに聞いたら「あ〜ありますね」って言ってたんで、たぶんみんなも感じてるはずだと思うんだけど、なぜ改善されないんだろう・・・。
ーーー
どうも、ガイドラインが見えてるとデザインがわからないタチなので、これはありがたい。
OS9時代はResEDITでソースコードに好きなショートカット当ててたんだよな。考えてみたら結構乱暴なことしてた。FINDERとか開いてメモリ割当増やしたり。w
しかし、OSXで唯一ものすごく不満な点が一つある。
それは、日本語〜英語 の切替がトロいこと。
これ、みんな不満じゃないのかな〜〜? 全然改善されないとこ見ると。
切り替わってると思って英文打つと、まだ日本語入力のままだったりするので、結構イラッとする。
これ、自分だけかと思って、いつも助けてもらっているSEさんに聞いたら「あ〜ありますね」って言ってたんで、たぶんみんなも感じてるはずだと思うんだけど、なぜ改善されないんだろう・・・。
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タッチパネル
だいぶタッチパネルでのデザイン制作に慣れてきた。
が、慣れてきたのと同時に判明したこと。
意外に手が疲れる。(笑)
指とかが疲れる。
イラストレーター等でパスを扱うと疲れる。
とは言え、マウス操作よりは格段に操作性も良く、制作速度も速くなり、疲れも少ないので、結果的にはこちらに慣れてくのは良いんだろうな〜。
先日あることに気づいた。
事務所でのモニタ環境は、ノートが手前で、その奥に外部モニタを接続してデュアルモニタにしている。
このセッティング。どこかで見たことがあるなぁ・・・と思ったら・・・DSだ!w
巨大な任天堂DSでデザインしている感じだ。なるほど。
ーーー
が、慣れてきたのと同時に判明したこと。
意外に手が疲れる。(笑)
指とかが疲れる。
イラストレーター等でパスを扱うと疲れる。
とは言え、マウス操作よりは格段に操作性も良く、制作速度も速くなり、疲れも少ないので、結果的にはこちらに慣れてくのは良いんだろうな〜。
先日あることに気づいた。
事務所でのモニタ環境は、ノートが手前で、その奥に外部モニタを接続してデュアルモニタにしている。
このセッティング。どこかで見たことがあるなぁ・・・と思ったら・・・DSだ!w
巨大な任天堂DSでデザインしている感じだ。なるほど。
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1972年〜82年生まれは不遇
ニュース元
確かに、そうなんだよなぁ。ホント可哀想。(苦笑)
この世代は「不遇の世代」だと言うのは10年以上前から後輩に言ってきた。
この世代って、今37歳〜27歳か。知ってる人多いなぁ。
超売れっ子と不遇が極端。そんな印象。
自分らのころまでは若干バブル残っていて、数年はいい思いができたけど、5年後輩となると完全に終わっていた。
でも、バブリーな先輩を見てるもんだから余計に悲惨だなぁ。
また不遇なことに、カルチャー的にも境目になってない。
平成元年卒業生あたりからの世代は、クラブミュージックだとか、DJという存在の台頭だとか、バンド系ミュージシャンが使われるようになった最初の時代だった。まさに自分もジャストそこだった。
それ以前の先輩達はニューウェーブとかニューミュージックで、非常にハイファイなサウンド指向だったけど、僕らは、当時それがすごく嫌いだった。やっぱり80年代にすっかり飽きていたし、景気も良くて若い連中でも金もあるから反発したくなる。まだ20代前半だし。だから自分で店を始めたヤツもたくさんいたし、それなりに回ってもいたからカルチャーとして、ある程度の規模で成立していた気がする。
でも、不遇の世代の場合は、中学とか高校時代に台頭し始めたばかりのクラブミュージックとかDJ文化に傾倒してしまって、あまり自分の世代のカルチャーができてなかったんじゃなかいかと思う。もちろんグランジとかのロックは流行ったし、僕らにはわからない文化も持っているし、彼らも同じく僕らのような先輩世代にダサさを感じてもいただろうと思うが、社会とか企業が触手を動かすほどの余力が社会になかったのが不遇だった。
結局はアンダーグラウンドの若者カルチャーで終わってしまう感が強い。善し悪しではあるが、ある程度、大人社会とかリーマン社会からの資金流入がなければカルチャーは潤いにくい。チケット代だけじゃね。金持ってるネクタイから金引っ張らないと、貧乏同士でリンクしてても内輪で終わる率高いわけだし。今は、その企業だとかも金がないけど。(笑)
金持ってくるとか、金かけりゃ良いというわけじゃないし、その考え自体がダサいとも言えるんだが、社会全体に循環するために必要な体制ってのはある。回らないと次はないわけなので、短期間で停滞する。かと言って、借金して無理して回そうとしても、受け入れる社会のマインドに余裕がないと新しいものは受け入れられにくい。50年代のアメリカで、斬新なロックンロールや、イームズ等のモダンファニチャーや、巨大なキャディラックが社会に受け入れられたのは、戦勝国であるアメリカ社会に余力があったからだ。安全マージンを確保している気分があるから新しいものにチャンスが回る。
一般のリーマン社会も可哀想なんだろう。そこの社会はあんまし良く知らないから何とも言えないが、取引先に行くと、その会社に見合わないような高学歴がいたりしてビックリすることは多い。印刷会社の営業が京都大学卒とか。w 印刷屋にそんな高学歴全然いらないし。そもそも出版社〜印刷屋なんてのは、学生運動やりすぎて就職できなかった人が行くところだった。もっとやりすぎていた人は紙屋。(笑) だから紙屋は酒癖最悪な人が多い。w
でも、今の40代〜50代も悲惨だ。
リーマンは実力に見合わない会社に入ってしまって、超高学歴で優秀な後輩ばかりで、チャラチャラと浮かれた若者時代を過ごしてしまった世代は、かなりキツいはずだ。自営の人も、スタートが楽だっただけに、倒産&破産続出。(苦笑)
そういう意味は自分はラッキーだったのかも知れない。
今のデザイン事務所を設立したのが、ちょうど10年前。平成大不況のど真ん中だった。でも、今は、その時よりも社会的には悪い状況な気がする。今、起業していたらダメだったかも知れない。やっぱり10年分の蓄積は大きいんだろう。
で、90年代以降の人たちは、自分たちのカルチャーを持っている気がする。
ちょっとポジティブすぎだったり、いいヤツすぎて気持ち悪いときあるけど。できすぎな感じ。
んでも、わかってるわりに仕事の中身は全然だったり。まぁそれで当たり前なんだけど。(笑)
やっぱり、音楽でもデザインでも実務力ってのは時間がかかる。頭でわかることは情報があふれている現在なら誰でもすぐ得られる。そういうことなんだろう。でも、それは誰もが並行的に同じ条件であるってことだ。つまり、その価値は高くないってことなんだろう。
自分のときは、まさに企画時代だった。プランナーやコピーライター全盛。
誰もが「コンセプトが」とか言ってた。
でも、20年後の今、どうなっているか?
結局のところは、目に見えないコンセプトだけを作れる人はいなくなった。
そう。目に見えないものは仕事にならない。
コンセプトは仕事の全てじゃないということ。
それはモノを作るときの設計図であって、それを実行しなければ何の意味もない。そして実行するには馬力が必要。それはつまり実務力がないと何の意味もないってことになるな〜。めんどくせ。(笑)
※本文と画像は一切関係ありません。
確かに、そうなんだよなぁ。ホント可哀想。(苦笑)
この世代は「不遇の世代」だと言うのは10年以上前から後輩に言ってきた。
この世代って、今37歳〜27歳か。知ってる人多いなぁ。
超売れっ子と不遇が極端。そんな印象。
自分らのころまでは若干バブル残っていて、数年はいい思いができたけど、5年後輩となると完全に終わっていた。
でも、バブリーな先輩を見てるもんだから余計に悲惨だなぁ。
また不遇なことに、カルチャー的にも境目になってない。
平成元年卒業生あたりからの世代は、クラブミュージックだとか、DJという存在の台頭だとか、バンド系ミュージシャンが使われるようになった最初の時代だった。まさに自分もジャストそこだった。
それ以前の先輩達はニューウェーブとかニューミュージックで、非常にハイファイなサウンド指向だったけど、僕らは、当時それがすごく嫌いだった。やっぱり80年代にすっかり飽きていたし、景気も良くて若い連中でも金もあるから反発したくなる。まだ20代前半だし。だから自分で店を始めたヤツもたくさんいたし、それなりに回ってもいたからカルチャーとして、ある程度の規模で成立していた気がする。
でも、不遇の世代の場合は、中学とか高校時代に台頭し始めたばかりのクラブミュージックとかDJ文化に傾倒してしまって、あまり自分の世代のカルチャーができてなかったんじゃなかいかと思う。もちろんグランジとかのロックは流行ったし、僕らにはわからない文化も持っているし、彼らも同じく僕らのような先輩世代にダサさを感じてもいただろうと思うが、社会とか企業が触手を動かすほどの余力が社会になかったのが不遇だった。
結局はアンダーグラウンドの若者カルチャーで終わってしまう感が強い。善し悪しではあるが、ある程度、大人社会とかリーマン社会からの資金流入がなければカルチャーは潤いにくい。チケット代だけじゃね。金持ってるネクタイから金引っ張らないと、貧乏同士でリンクしてても内輪で終わる率高いわけだし。今は、その企業だとかも金がないけど。(笑)
金持ってくるとか、金かけりゃ良いというわけじゃないし、その考え自体がダサいとも言えるんだが、社会全体に循環するために必要な体制ってのはある。回らないと次はないわけなので、短期間で停滞する。かと言って、借金して無理して回そうとしても、受け入れる社会のマインドに余裕がないと新しいものは受け入れられにくい。50年代のアメリカで、斬新なロックンロールや、イームズ等のモダンファニチャーや、巨大なキャディラックが社会に受け入れられたのは、戦勝国であるアメリカ社会に余力があったからだ。安全マージンを確保している気分があるから新しいものにチャンスが回る。
一般のリーマン社会も可哀想なんだろう。そこの社会はあんまし良く知らないから何とも言えないが、取引先に行くと、その会社に見合わないような高学歴がいたりしてビックリすることは多い。印刷会社の営業が京都大学卒とか。w 印刷屋にそんな高学歴全然いらないし。そもそも出版社〜印刷屋なんてのは、学生運動やりすぎて就職できなかった人が行くところだった。もっとやりすぎていた人は紙屋。(笑) だから紙屋は酒癖最悪な人が多い。w
でも、今の40代〜50代も悲惨だ。
リーマンは実力に見合わない会社に入ってしまって、超高学歴で優秀な後輩ばかりで、チャラチャラと浮かれた若者時代を過ごしてしまった世代は、かなりキツいはずだ。自営の人も、スタートが楽だっただけに、倒産&破産続出。(苦笑)
そういう意味は自分はラッキーだったのかも知れない。
今のデザイン事務所を設立したのが、ちょうど10年前。平成大不況のど真ん中だった。でも、今は、その時よりも社会的には悪い状況な気がする。今、起業していたらダメだったかも知れない。やっぱり10年分の蓄積は大きいんだろう。
で、90年代以降の人たちは、自分たちのカルチャーを持っている気がする。
ちょっとポジティブすぎだったり、いいヤツすぎて気持ち悪いときあるけど。できすぎな感じ。
んでも、わかってるわりに仕事の中身は全然だったり。まぁそれで当たり前なんだけど。(笑)
やっぱり、音楽でもデザインでも実務力ってのは時間がかかる。頭でわかることは情報があふれている現在なら誰でもすぐ得られる。そういうことなんだろう。でも、それは誰もが並行的に同じ条件であるってことだ。つまり、その価値は高くないってことなんだろう。
自分のときは、まさに企画時代だった。プランナーやコピーライター全盛。
誰もが「コンセプトが」とか言ってた。
でも、20年後の今、どうなっているか?
結局のところは、目に見えないコンセプトだけを作れる人はいなくなった。
そう。目に見えないものは仕事にならない。
コンセプトは仕事の全てじゃないということ。
それはモノを作るときの設計図であって、それを実行しなければ何の意味もない。そして実行するには馬力が必要。それはつまり実務力がないと何の意味もないってことになるな〜。めんどくせ。(笑)
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